熊本家庭裁判所 昭和45年(家)1006号 審判
申立人 田中美智子(仮名)
事件本人 林紅華(仮名)
主文
申立人が事件本人を養子とすることを許可する。
理由
一 申立人は主文同旨の審判を求めた。
二 そこで調査したところ、次の事実を認めることができる。
(1) 申立人は大正五年一〇月一〇日大分県で出生し、昭和一四年に渡満し、終戦後中国人林秀興と内縁関係を結んだ。昭和二七年春頃近所に住む助産婦の紹介で生後二ヵ月位の事件本人を養女に迎えた。その後、助産婦の語つたところによると、事件本人は日本人を母として出生したが、間もなく中国人夫婦に貰われ、中国籍に実子として入籍されて二ヵ月位した後、不縁になつたということであつた。
(2) 申立人はようやく日本内地への帰国を許され、内夫秀興と別れる協議も整つて、昭和四〇年七月二〇日事件本人を同伴して横浜港に上陸し、熊本県に住む両親方に身を寄せたが、火災に逢い、両親と別居して、現在は肩書地に事件本人とともに間借りし、自らは製糸工として働き、実家から経済的援助をうけながら、円満に生活している。
(3) 事件本人は中国(山東省)在住当時、就学適令期を迎えたが、申立人が思想的影響を恐れて就学させなかつたため、日常会話はともかく、中国語の読書力は皆無といつてよく、日本に上陸後○○市内の小学校四年に編入学し、現在○○中学校三年に在学しており、卒業後は同市内の病院に勤務することに内定している。そして同人は本国には実親その他身寄りもなく、中国の政治的国情もよく分らないので、本国に帰る考えなど毛頭なく、申立人と一日も早く養子縁組をして日本に帰化することを希望している。
三 以上認定した事実によると、申立人および事件本人は日本に住所を有するものであるから、わが国の裁判所に裁判権があり、しかもその住所地たる当裁判所に管轄権の存することが明らかである。
よつて、本件の準拠法について考えるに、法例第一九条一項により、養子縁組の要件は各当事者の本国法によるべきであるから、まず申立人についてはその本国法である日本法を適用すべきである。一方、事件本人は中国籍を有するところ、同国は中華民国政府と中華人民共和国政府とが相対立しているから、そのいずれの政府の法を本国法として適用すべきであるかを事件本人の密接度を中核として考えると、事件本人は幼時を山東省で過したが、適令期が到来しても就学せず、一応本国は中国となつているが、真実はその国籍取得に疑いがないでもなく、今後中国に帰国の意思もなく、上述いずれの政府を支持する考えも有しないこと前認定のとおりであるから、かかる場合には、中国のいずれかの政府の法を本国法として適用するよりか、むしろ無国籍に準じて処理するのが相当であると思料する。そうだとすれば、法例第二七条二項に準じ事件本人の住所地法である日本法を同人の本国法と看做すべきである。
以上の次第であるから、本件は養親、養子ともに日本法を適用すべき事案であり、日本民法によれば、本件養子縁組を許可するのが相当である。よつて主文のとおり審判する。
(家事審判官 寺沢光子)